漂う随想

心に遷り行く物事をこっそり書き留める。

(2)今できることだけを考える

 ある会社が最大の経営危機を迎えていた。経営者、役員、従業員たちは愛社精神に溢れ、この危機を乗り越えようと苦悩した。

 会議では様々な議論がなされた。

「隣町にできた会社は当社と同等の製品を3割も安い価格で販売している。ここ数年で業界全体の売り上げが大幅にダウンしているらしい。このところ基幹部門を担当しているベテラン社員が3名たて続けに退職した。わが社の技術を盗み出した会社があるらしい。従業員を募集しても枠が埋まらない。」

 会議は連日長時間に及び、そして倒産した。それは避けられない運命だったのだろうか。果たして本当にそうだろうか。

 私は彼らの愛社精神と苦悩を疑わない。しかし、どうして「今なにができるか」を考えなかったのだろう。それが残念でならない。

「製造工程を見直してコスト削減できるのではないか。従業員の職務内容を整理して効率化できないだろうか。他社と共同で新製品を開発できないだろうか。社員教育を充実させるにはどうしたらよいだろうか。知的財産権についてもっと勉強してみよう。他社と資本提携する道はないだろうか。」

 こういう話が議題に上らなかったとしたら、彼らは既に自分たちを諦めてしまっていたのかもしれない。 

 

 過去を振り返ってみても何も変えられない。世の中を恨んでもどうにもならない。誰かのせいにして罵っても、悪者を探して責任追及しても仕方ない。そして、諦めからは何も生まれない。

 「今の自分」を正面から見据えて正しく把握してこそ、初めてその先の道が見えてくる。それは幸福へと続く道だ。一見、これは当たり前のことのように見えるだろう。しかし、恨んだり悔んだり怒ったり諦めたりするのは誰にでもできる安易な道だが、この当たり前のことを実際に行っている人は意外と少ない。安易な道で貴重な人生を浪費している人がいかに多いことか。

 

2021年5月6日